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博多レター78. 他の宗教を持つ人をどのように伝道するか? (2024.11.01. 国際家の教会ミニストリー院長 イ・ギョンジュン牧師 院長コーナーより抜粋)

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fvc
Date
2025-11-29 15:16
Views
247
博多レター78. 他の宗教を持つ人をどのように伝道するか?
(2024.11.01. 国際家の教会ミニストリー院長 イ・ギョンジュン牧師 院長コーナーより抜粋)

(人々が論理的な話を聞いて信仰を持つことは稀ですが、それでも他の宗教を持つ人を伝道する時、私は必要に応じて次のように説明しています。イエス様だけが道であり、他に道がないのは事実ですが、何の説明もなくヨハネ14:6や使徒4:12のみことばを引用して他に道がないと言うと、まだ神を知らない人々はキリスト教について独善的だという先入観を持ちやすいため、以下のように説明しています。)

すべての人々の共通した問題は、死に対する恐れと罪責感です。少し前までコロナを恐れてマスクをして歩いた理由も、究極的には死に対する恐れです。普段は罪責感がないように見えますが、人々が癌にかかったり交通事故や火災など不慮の大事故に遭うと、最初に思い浮かぶことが「私は何の罪を犯したのか?」です。または「私たちの先祖の中で誰かが罪を犯したのか?」あるいは「私は前世で何の罪を犯したのか?」です。それほど罪責感と死に対する恐れがあるのです。この二つの問題を解決してくれるのが、まさに信仰です。

人類の歴史で最も偉大な人物を挙げるなら、普通四人を挙げます。一般的に四大聖人と呼ばれます。ソクラテス、孔子、釈迦、イエスです。この方々の教えについて、ソクラテスは「汝自身を知れ」であり、孔子の場合は「仁義礼智信」であり、釈迦は「八正道」です。ソクラテスが言った通り「汝自身を知れ」という言葉は、自分の分をわきまえよという意味であり、文字通り倫理に過ぎず、救いとは全く関係がありません。孔子の「仁義礼智信」とは、仁は惻隠の心で、かわいそうなものを憐れんで情けを分かち合う心です。義は羞悪の心で、不義を恥じ、悪を憎む心です。礼は辞譲の心で、謙遜し、人のために譲り配慮する心です。智は是非の心で、正しいことと間違っていることを見分けることができる心です。信は光明の心で、中心を保ち正しく立つことによって明るい光を放ち、信頼を与える心を意味します。すべて人が正しく生きるべき道徳を教えているのであり、救いを語る箇所は一つもありません。一言で言えば、信仰ではなく道徳であり倫理です。

私たちが他の宗教についてやみくもに反論することは賢明ではありません。他の宗教をただ無視するのではなく、他の宗教は単なる道徳(倫理)に過ぎないということを賢く伝えることが良いのです。仏教の核心だという八正道も同様です。正見:正しく見ること、正思惟:正しく考えること、正語:正しく語ること、正業:正しく行動すること、正命:正しく生きること、正精進:正しく努力すること、正念:正しく観察すること、正定:正しく三昧(集中)すること。すべてが道徳です。聖書の箴言にすべて出てくる内容だと思いませんか? 何を見ても救いを語る内容はありません。

信仰は人間の根本的な問題である罪責感と死に対する恐れを解決できなければなりません。どの宗教でもその教えを見ると、誰一人として人々の罪の代価を支払うために代わりに死んだという人はいません。皆が罪人であるため、神が定められた通り一度死んだだけです。しかしイエス様は私たちの罪をご自分の身に親しく負われ、私たちの代わりに木にかけられました。神が私たちをどれほど愛しておられるか、これ以上大きな証拠はありません。

また、誰一人として死者の中から再び生き返ったという人もいません。ただイエス様だけが死者の中からよみがえられ、今は神の右に座して私たちのために執り成してくださいます。すべてを使い果たした後、自分の罪を悔い改めて家に帰ってきた息子を、父は無条件に走り出て迎えました。ところが使い果たした財産を再び稼ぐ前には家の中に入ってくるなという父が時折いるでしょう。そのような父と同じように、他の宗教は善行であれ、苦行であれ、参禅であれ、何かを要求します。しかしそれは人間の考えから出た教理に過ぎません。皆この世を正しく生きよという道徳的な教えを与えたに過ぎません。しかし人は道徳的に罪が全くない人生を生きることはできません。また良いことをたくさんしたり苦行をしたり道を多く修めたとしても、自分の罪の問題を解決することはできません。すべてを使い果たして帰ってきた息子を無条件に受け入れた父のように、神は私たちの罪の代価をすべて支払ってくださるためにイエス様を十字架にお渡しになり、私たちを代価なしに受け入れてくださいました。ですからイエス様以外には他の誰にも救いはありません。イエス様だけが道であり、真理であり、いのちです。(2025.11.30.)

皆さんと共に歩む 金ジュヨン牧師
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