博多レター
하카타 레터
博多レター70. 子どもたちを見て見ぬふりをしないでください。
Author
fvc
Date
2025-10-04 14:52
Views
328
博多レター70. 子どもたちを見て見ぬふりをしないでください。
最近の社会を見ると、「自分のことでなければ関わらない」という雰囲気がますます強くなっています。地下鉄で誰かが困った状況に置かれても見て見ぬふりをします。レストランで子どもが大きな声で騒いでも「自分の子どもでもないのに、なぜ私が?」と目を背けます。もちろん他人の自由を尊重することは大切です。しかし、それが行き過ぎて誰もお互いに関心を持たず、沈黙することがかえって賢明であるかのように思われる時代になりました。残念ながらこのような無関心は教会の中でも見られます。特に子どもの問題においてそうです。
一つの家庭に子どもは一人か二人です。どれほど大切な子どもたちかわかりません。そのためか、他人が自分の子どもを叱ることを我慢できない親が多くいます。最近は学校の先生も子どもたちを叱れないのに、教会で誰が他人の子どもを叱るでしょうか。その結果、教会の中でも子どもたちが走り回り、騒がしく騒いでも大人たちは見て見ぬふりをします。「最近の子どもはみんなそうだから...」と冷笑的に目を背けます。「私が親に何か言われたくないし...」と関心を断ち切ります。このように私たちは子どもたちを見て見ぬふりをしているのです。
しかしキリスト教会(チャーチ)は共同体です。一つの体の肢体です。肢体同士は「知らない」と言うことはできません。イエス様は**「神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ」(マルコによる福音書3章35節)**と言われました。私たちがキリストにあって兄弟姉妹であるなら、子どもたちにとって私たちは叔父さんと叔母さんです。子どもを聖書的に育てるには、すべての聖徒が共に私たちの子どもたちを育てなければなりません。
今日多くの教会では礼拝時間に親と子どもを分離させます。親は子どもを教会に預け、礼拝後に連れて帰るだけでよいかのように考えます。子どもの信仰を教会に任せたまま見て見ぬふりをしているのです。新約教会には子ども礼拝が別にありませんでした。初代教会では家族全員が一緒に集まって礼拝を捧げました。礼拝を捧げるとき親が子どもたちと共に礼拝を捧げてこそ聖書的な礼拝になります。子どもたちは親の隣で礼拝を捧げる姿を見て信仰を学びます。
申命記6章7節は**「これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。家に座っているときも、道を歩くときも...これを語り聞かせなさい」**と言っています。親が子どもの信仰を見て見ぬふりをしてはいけません。子どもの信仰教育の第一の責任は親にあります。このような意味で私たちの教会の牧場の集いは家族全員が共にする共同体です。オリーブブレッシングの時間も、家族牧場も、まさにこのような意味を込めています。親と共に子どもを養育する共同体の役割を果たしています。
教会の子どもたちを見て見ぬふりをしないでください。子どもたちの過ちを見たら愛をもって叱りましょう。自分の子、自分の愛する甥や姪だと思って関心を持ってください。時には子どもたちが間違ったとき目を背けずに叱ってあげなければなりません。「最近の子どもはみんなそうだから...」という冷笑的な態度を捨てましょう。そのように無関心で見て見ぬふりをするとき、共同体は崩れていきます。
自分の子どもが叱られるとき、叔父さんと叔母さんが甥や姪を叱っているのだと思ってください。子どもの親たちも気を悪くしないでください。他の聖徒たちが私たちの子どもを叱ることは愛をもって関心を持ってくれることです。親たちが他の大人たちを尊重する姿を見せるとき、子どもたちも大人たちを敬うようになります。
最近は子どもたちを叱ることさえ気が引けてしまいます。しかし私たちはキリストにあって兄弟であり姉妹であり、子どもたちにとっては叔父さんであり叔母さんです。さあ、叱りましょう!子どもたちを見て見ぬふりをしないでください!教会全体が共に子どもたちを養育する美しい福岡ビジョンチャーチ共同体となることを願います。
「若者を歩むべき道の初めに教育せよ。年老いてもそこからそれることがないであろう」(箴言22章6節)(2025.10.05.)
皆様と共にいる金ジュヨン牧師
最近の社会を見ると、「自分のことでなければ関わらない」という雰囲気がますます強くなっています。地下鉄で誰かが困った状況に置かれても見て見ぬふりをします。レストランで子どもが大きな声で騒いでも「自分の子どもでもないのに、なぜ私が?」と目を背けます。もちろん他人の自由を尊重することは大切です。しかし、それが行き過ぎて誰もお互いに関心を持たず、沈黙することがかえって賢明であるかのように思われる時代になりました。残念ながらこのような無関心は教会の中でも見られます。特に子どもの問題においてそうです。
一つの家庭に子どもは一人か二人です。どれほど大切な子どもたちかわかりません。そのためか、他人が自分の子どもを叱ることを我慢できない親が多くいます。最近は学校の先生も子どもたちを叱れないのに、教会で誰が他人の子どもを叱るでしょうか。その結果、教会の中でも子どもたちが走り回り、騒がしく騒いでも大人たちは見て見ぬふりをします。「最近の子どもはみんなそうだから...」と冷笑的に目を背けます。「私が親に何か言われたくないし...」と関心を断ち切ります。このように私たちは子どもたちを見て見ぬふりをしているのです。
しかしキリスト教会(チャーチ)は共同体です。一つの体の肢体です。肢体同士は「知らない」と言うことはできません。イエス様は**「神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ」(マルコによる福音書3章35節)**と言われました。私たちがキリストにあって兄弟姉妹であるなら、子どもたちにとって私たちは叔父さんと叔母さんです。子どもを聖書的に育てるには、すべての聖徒が共に私たちの子どもたちを育てなければなりません。
今日多くの教会では礼拝時間に親と子どもを分離させます。親は子どもを教会に預け、礼拝後に連れて帰るだけでよいかのように考えます。子どもの信仰を教会に任せたまま見て見ぬふりをしているのです。新約教会には子ども礼拝が別にありませんでした。初代教会では家族全員が一緒に集まって礼拝を捧げました。礼拝を捧げるとき親が子どもたちと共に礼拝を捧げてこそ聖書的な礼拝になります。子どもたちは親の隣で礼拝を捧げる姿を見て信仰を学びます。
申命記6章7節は**「これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。家に座っているときも、道を歩くときも...これを語り聞かせなさい」**と言っています。親が子どもの信仰を見て見ぬふりをしてはいけません。子どもの信仰教育の第一の責任は親にあります。このような意味で私たちの教会の牧場の集いは家族全員が共にする共同体です。オリーブブレッシングの時間も、家族牧場も、まさにこのような意味を込めています。親と共に子どもを養育する共同体の役割を果たしています。
教会の子どもたちを見て見ぬふりをしないでください。子どもたちの過ちを見たら愛をもって叱りましょう。自分の子、自分の愛する甥や姪だと思って関心を持ってください。時には子どもたちが間違ったとき目を背けずに叱ってあげなければなりません。「最近の子どもはみんなそうだから...」という冷笑的な態度を捨てましょう。そのように無関心で見て見ぬふりをするとき、共同体は崩れていきます。
自分の子どもが叱られるとき、叔父さんと叔母さんが甥や姪を叱っているのだと思ってください。子どもの親たちも気を悪くしないでください。他の聖徒たちが私たちの子どもを叱ることは愛をもって関心を持ってくれることです。親たちが他の大人たちを尊重する姿を見せるとき、子どもたちも大人たちを敬うようになります。
最近は子どもたちを叱ることさえ気が引けてしまいます。しかし私たちはキリストにあって兄弟であり姉妹であり、子どもたちにとっては叔父さんであり叔母さんです。さあ、叱りましょう!子どもたちを見て見ぬふりをしないでください!教会全体が共に子どもたちを養育する美しい福岡ビジョンチャーチ共同体となることを願います。
「若者を歩むべき道の初めに教育せよ。年老いてもそこからそれることがないであろう」(箴言22章6節)(2025.10.05.)
皆様と共にいる金ジュヨン牧師
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