博多レター
하카타 레터
博多レター32. 神様の働きを体験する水曜祈祷会となりますように。
Author
fvc
Date
2025-01-18 15:46
Views
557
祈りは信仰生活において最も基本的な要素の一つです。しかし、祈ることは意外に簡単ではありません。忙しいと祈る時間が取れないと感じる人もいれば、忙しくないにもかかわらず祈らない人もいます。宗教改革者マルティン・ルターは「忙しいからこそ、もっと祈る」と言いました。忙しいということは、すなわちやるべきことが多いということであり、その多くのことには神様の助けがさらに必要だということです。しかし、人々は忙しくなると祈りをおろそかにし、忙しくなると礼拝にも参加しなくなります。
「祈りたい気持ちがなければ祈れない」と言う人もいます。それならば、祈りたい気持ちが湧く瞬間はどれほどあるのでしょうか?もし祈りたい気持ちが全く湧かないならば、聖書に書かれている「絶えず祈りなさい(テサロニケ人への手紙第1、5:17)」という言葉は自分には関係ない言葉になってしまいます。だからこそ、祈りには私たちの意志的な決断が必要であり、「祈りたくない」という瞬間こそ祈るべき時だと認めることが大切です。このような決断をしやすくするのが、公式な水曜祈祷会のような祈りの集まりです。
水曜祈祷会は、日曜日からの3日間と次の日曜日に向けての3日間の中央に位置し、教会全体が一つになって祈る連合祈祷会の性格を持っています。個人的な祈りはそれぞれが朝や都合の良い時間に祈ることができますが、一緒に集まり心を込めて叫びながら祈る機会は水曜祈祷会でしか経験できません。祈りを経験したことがある人はわかると思いますが、祈ったからといって毎回すぐにうまく祈れるわけではありません。そのような時に、公式な水曜祈祷会が祈りの扉を開く助けになります。
薪を集めると火が強くなり、離すと火が消えるという原理は祈りにも当てはまります。個々の祈りも大切ですが、自分一人では祈り続けるのが難しい信徒たちが一緒に集まって祈ると、祈りの扉はもっと簡単に開かれます。ひとりで祈ることが難しかった祈りも、共に集まることで開かれていくのです。信徒が集まるほど、祈りの火はますます強く燃え、その集まりが火種となります。
水曜祈祷会に参加したくても時間が取れない方もいらっしゃるでしょう。体が疲れている方もいるかもしれません。避けられない状況は仕方ありませんが、少なくとも祈りが信仰生活の基盤であることを理解し、それでも個人的に十分な祈りができていないと感じている信徒は、ぜひ積極的に参加してください。できるだけ多くの方々が参加できるよう、来月からは午後7時45分から水曜祈祷会を始める予定です。
仕事を終えて家に寄ってから参加する時間がない方は、そのまま来ていただければと思います。もし食事が問題であれば、その日の夕食は一食断食するつもりで参加するのも良い方法かもしれません。そんな日はきっと大きな恵みがあるでしょう。日曜日に受けた言葉で過ごした3日間を振り返り、水曜日の夜に集まって賛美の中で聖霊の触れを体験し、深い祈りを通して神の癒しと回復を経験し、神様の働きを体験する水曜祈祷会でありたいと思います。
神様は祈る私たちを通して働かれます。私たちができることは最善を尽くすべきですが、私たちの力ではできないことは神様が行ってくださいます。だからこそ、私たちの祈りが最初に満たされなければなりません。狭くなった礼拝堂、限られた教会のキッチン、限られた空間で食事も順番にしなければならず、子供たちとの交流のためのスペースも足りなくなりました。この狭い空間をどうにか活用しようとする教会の家族たちの姿を見ると、牧師として心が痛みます。だからこそ、毎週水曜日に集まり、神様にもっと広い礼拝空間を与えてくださるように祈りの火をともしていきましょう。
何か満たされない渇望を感じていますか?その渇望を満たすために、祈りの場に出てきてください。自動車が荷物を積んで走るためにはエンジンに火が必要で、飛行機が乗客を乗せて飛ぶためにはエンジンに火が必要です。もっと多くの荷物を積むためにはエンジンの力を強化しなければなりません。ペンテコステの日、マルコの部屋で聖霊の満ち溢れを求めて祈ったとき、上から下った聖霊の火が各人に降り、彼らの祈りと福音宣教は変わりました。
イエス様の祈りの時、そばでうとうとしていた弟子たちは聖霊の火を受けた後、大胆に叫んで祈りました。イエス様を伝えるどころか、死を恐れて隠れていた弟子たちが、人々の前で大胆にイエス様を伝えました。それは上から注がれた聖霊の満ち溢れた火を受けたからです。
この世に勝ち、使命に従って幸せな人生を送る人々の共通点は、心の中に火があることです。私たちも聖霊の満ち溢れた火が消えないように祈り続けなければなりません。主日に受けたみ言葉で過ごしたかどうかを点検し、上から注がれる聖霊の油注ぎを求めて受けなければなりません。私たちの心に火がなければなりません。そうすれば、私たちの人生に力強い突破口が開かれることでしょう。(2025.01.19.)
皆さんと一緒に奉仕するキム・ジュヨン牧師
「祈りたい気持ちがなければ祈れない」と言う人もいます。それならば、祈りたい気持ちが湧く瞬間はどれほどあるのでしょうか?もし祈りたい気持ちが全く湧かないならば、聖書に書かれている「絶えず祈りなさい(テサロニケ人への手紙第1、5:17)」という言葉は自分には関係ない言葉になってしまいます。だからこそ、祈りには私たちの意志的な決断が必要であり、「祈りたくない」という瞬間こそ祈るべき時だと認めることが大切です。このような決断をしやすくするのが、公式な水曜祈祷会のような祈りの集まりです。
水曜祈祷会は、日曜日からの3日間と次の日曜日に向けての3日間の中央に位置し、教会全体が一つになって祈る連合祈祷会の性格を持っています。個人的な祈りはそれぞれが朝や都合の良い時間に祈ることができますが、一緒に集まり心を込めて叫びながら祈る機会は水曜祈祷会でしか経験できません。祈りを経験したことがある人はわかると思いますが、祈ったからといって毎回すぐにうまく祈れるわけではありません。そのような時に、公式な水曜祈祷会が祈りの扉を開く助けになります。
薪を集めると火が強くなり、離すと火が消えるという原理は祈りにも当てはまります。個々の祈りも大切ですが、自分一人では祈り続けるのが難しい信徒たちが一緒に集まって祈ると、祈りの扉はもっと簡単に開かれます。ひとりで祈ることが難しかった祈りも、共に集まることで開かれていくのです。信徒が集まるほど、祈りの火はますます強く燃え、その集まりが火種となります。
水曜祈祷会に参加したくても時間が取れない方もいらっしゃるでしょう。体が疲れている方もいるかもしれません。避けられない状況は仕方ありませんが、少なくとも祈りが信仰生活の基盤であることを理解し、それでも個人的に十分な祈りができていないと感じている信徒は、ぜひ積極的に参加してください。できるだけ多くの方々が参加できるよう、来月からは午後7時45分から水曜祈祷会を始める予定です。
仕事を終えて家に寄ってから参加する時間がない方は、そのまま来ていただければと思います。もし食事が問題であれば、その日の夕食は一食断食するつもりで参加するのも良い方法かもしれません。そんな日はきっと大きな恵みがあるでしょう。日曜日に受けた言葉で過ごした3日間を振り返り、水曜日の夜に集まって賛美の中で聖霊の触れを体験し、深い祈りを通して神の癒しと回復を経験し、神様の働きを体験する水曜祈祷会でありたいと思います。
神様は祈る私たちを通して働かれます。私たちができることは最善を尽くすべきですが、私たちの力ではできないことは神様が行ってくださいます。だからこそ、私たちの祈りが最初に満たされなければなりません。狭くなった礼拝堂、限られた教会のキッチン、限られた空間で食事も順番にしなければならず、子供たちとの交流のためのスペースも足りなくなりました。この狭い空間をどうにか活用しようとする教会の家族たちの姿を見ると、牧師として心が痛みます。だからこそ、毎週水曜日に集まり、神様にもっと広い礼拝空間を与えてくださるように祈りの火をともしていきましょう。
何か満たされない渇望を感じていますか?その渇望を満たすために、祈りの場に出てきてください。自動車が荷物を積んで走るためにはエンジンに火が必要で、飛行機が乗客を乗せて飛ぶためにはエンジンに火が必要です。もっと多くの荷物を積むためにはエンジンの力を強化しなければなりません。ペンテコステの日、マルコの部屋で聖霊の満ち溢れを求めて祈ったとき、上から下った聖霊の火が各人に降り、彼らの祈りと福音宣教は変わりました。
イエス様の祈りの時、そばでうとうとしていた弟子たちは聖霊の火を受けた後、大胆に叫んで祈りました。イエス様を伝えるどころか、死を恐れて隠れていた弟子たちが、人々の前で大胆にイエス様を伝えました。それは上から注がれた聖霊の満ち溢れた火を受けたからです。
この世に勝ち、使命に従って幸せな人生を送る人々の共通点は、心の中に火があることです。私たちも聖霊の満ち溢れた火が消えないように祈り続けなければなりません。主日に受けたみ言葉で過ごしたかどうかを点検し、上から注がれる聖霊の油注ぎを求めて受けなければなりません。私たちの心に火がなければなりません。そうすれば、私たちの人生に力強い突破口が開かれることでしょう。(2025.01.19.)
皆さんと一緒に奉仕するキム・ジュヨン牧師
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Hakata Letter 89. When You Want to Give Up
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