博多レター
하카타 레터
博多レター21. 「天の祝福をたくさん受けてください」という挨拶の意味
Author
fvc
Date
2024-10-26 17:31
Views
1600
博多レター21. 「天の祝福をたくさん受けてください」という挨拶の意味(하카타레터 21. “하늘 복 많이 받으세요” 인사말의 의미)
私たちの教会では、礼拝中に、そして説教の御言葉を聞く前に、お互いに挨拶をします。 この時、よく使う言葉が「天の祝福をたくさん受けてください」という挨拶です。 この挨拶を使うことが今は自然な文化になってきているようです。 しかし、この言葉の意味をもう少し詳しく説明する必要があると思い、整理した考えを分かち合います。聖書には、次のように私たちに語りかけています。
エフェソの信徒への手紙 1:3 「わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。」
最初の意味は、文字通り、私たちが死んで行く天国、つまり天国の報いを期待して生きようという意味があります。私たちが天国についてすべてを知ることはできませんが、きっとそこにも報いがあることを聖書は様々なところで言っています(ルツ記2:12、ヘブル11:6、ヘブル11:26、黙示録11:18) 。 その報いがどのような報いなのかは具体的に知ることはできませんが、この地上で自分の信仰とタラントに従って従順に生きた人々には天国で用意された報いがあることを信じています。私たち全員が天国で多くの報いを受ける人になることを願っています。
第二の意味は、この地上に住んでいる間、天の祝福、つまり神様から与えられる祝福を受けて生きようという意味です。 では、具体的にこの地上で享受する天の祝福とは何でしょうか?3つほど要約してお話しします。
一つ目は、関係の祝福です。神様との温かい関係から来る愛です。「神様が私を愛し、私と共に歩んでくださり、私を用いてくださっているんだ」と感じながら生きることです。
二つ目は、隣人との暖かい愛の関係です。 多くの人が壁を築いて孤独に生きています。 しかし、神様を完全に信じるとき、隣人との暖かい関係の祝福を享受することができます。
三つ目は、主から与えられた使命のために生きる時、この地で享受するやりがいと喜びです。私たちには神様が共同体と私たちに与えられた使命があります。与えられた使命に従順して生きていくときに実感するやりがいと喜びがはっきりとあります。 それは決して世の中では知ることのできない天の祝福であることは明らかです。
この他にも多くの天の祝福がありますが、私たちが「天の祝福をたくさん受けてください」と言う時は、このような意味をよく知ってから使ってほしいと思います。 ところで、私たちが天の祝福を話す時は、すでに世の中の祝福も含まれていることを前提にしています。ですから、世の中の祝福についても少しお話しします。 おそらく、私たちが罪を犯さずにエデンの園で暮らし続けていたら、世の中の祝福と天の祝福は一つだったでしょう。 しかし、罪によって、世の祝福と天の祝福は区別されます。
だからといって、世俗的な福を悪いと無視したり、世俗的な福を求める世俗的な信仰だと言って嫌ってはいけません。神様は私たちがこの世で世俗的な福も享受することを望んでおられます。問題は、世俗的な福が信仰生活の目的になることです。 世俗的な福と天の福が対立する時、世俗的な福を選択することが問題です。 その時、世俗的な福は結局、私たちを破滅させる毒になるからです。
それでは、どうすればこの世の福が毒にならないようにすることができるのでしょうか。この世の福と天の福が対立する時に、天の福を選択すればいいのです。
皆さんがすでにやっていることですが、多くない収入で生活することも多いですが、什分の一を先に分けること、商売がうまくいく店や収入が多い職場があるが、主日の礼拝を守ることができないなら、収入が多少少なくても主日の礼拝を守ることができる事業や職場を選ぶこと、数日しかない休暇ですが、主のために使うことです。奉仕への献身や牧者として献身をすると、お金と時間において負担になりますが、主の御業に献身して選択することが、この世で受ける祝福より天の祝福を選択する人生です。
もう一つは、私たちが他人が持っていない世の中の福、時間、お金、健康、そして私に与えられた影響力を、神と人に仕える道具として使うことです。こうすると損をするように思えますが、そうではありません。 このように使う時、私たちに与えられた祝福がより長く維持されることを経験するでしょう。
言葉には意識を支配する力があります。「天の祝福をたくさん受けてください。」という挨拶を有意義に使用して、世の中の祝福を天の祝福に変える人生を生きる皆さんになることを祝福します。(2024. 10. 27.)
皆さんと一緒に奉仕するキム・ジュヨン牧師
私たちの教会では、礼拝中に、そして説教の御言葉を聞く前に、お互いに挨拶をします。 この時、よく使う言葉が「天の祝福をたくさん受けてください」という挨拶です。 この挨拶を使うことが今は自然な文化になってきているようです。 しかし、この言葉の意味をもう少し詳しく説明する必要があると思い、整理した考えを分かち合います。聖書には、次のように私たちに語りかけています。
エフェソの信徒への手紙 1:3 「わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。」
最初の意味は、文字通り、私たちが死んで行く天国、つまり天国の報いを期待して生きようという意味があります。私たちが天国についてすべてを知ることはできませんが、きっとそこにも報いがあることを聖書は様々なところで言っています(ルツ記2:12、ヘブル11:6、ヘブル11:26、黙示録11:18) 。 その報いがどのような報いなのかは具体的に知ることはできませんが、この地上で自分の信仰とタラントに従って従順に生きた人々には天国で用意された報いがあることを信じています。私たち全員が天国で多くの報いを受ける人になることを願っています。
第二の意味は、この地上に住んでいる間、天の祝福、つまり神様から与えられる祝福を受けて生きようという意味です。 では、具体的にこの地上で享受する天の祝福とは何でしょうか?3つほど要約してお話しします。
一つ目は、関係の祝福です。神様との温かい関係から来る愛です。「神様が私を愛し、私と共に歩んでくださり、私を用いてくださっているんだ」と感じながら生きることです。
二つ目は、隣人との暖かい愛の関係です。 多くの人が壁を築いて孤独に生きています。 しかし、神様を完全に信じるとき、隣人との暖かい関係の祝福を享受することができます。
三つ目は、主から与えられた使命のために生きる時、この地で享受するやりがいと喜びです。私たちには神様が共同体と私たちに与えられた使命があります。与えられた使命に従順して生きていくときに実感するやりがいと喜びがはっきりとあります。 それは決して世の中では知ることのできない天の祝福であることは明らかです。
この他にも多くの天の祝福がありますが、私たちが「天の祝福をたくさん受けてください」と言う時は、このような意味をよく知ってから使ってほしいと思います。 ところで、私たちが天の祝福を話す時は、すでに世の中の祝福も含まれていることを前提にしています。ですから、世の中の祝福についても少しお話しします。 おそらく、私たちが罪を犯さずにエデンの園で暮らし続けていたら、世の中の祝福と天の祝福は一つだったでしょう。 しかし、罪によって、世の祝福と天の祝福は区別されます。
だからといって、世俗的な福を悪いと無視したり、世俗的な福を求める世俗的な信仰だと言って嫌ってはいけません。神様は私たちがこの世で世俗的な福も享受することを望んでおられます。問題は、世俗的な福が信仰生活の目的になることです。 世俗的な福と天の福が対立する時、世俗的な福を選択することが問題です。 その時、世俗的な福は結局、私たちを破滅させる毒になるからです。
それでは、どうすればこの世の福が毒にならないようにすることができるのでしょうか。この世の福と天の福が対立する時に、天の福を選択すればいいのです。
皆さんがすでにやっていることですが、多くない収入で生活することも多いですが、什分の一を先に分けること、商売がうまくいく店や収入が多い職場があるが、主日の礼拝を守ることができないなら、収入が多少少なくても主日の礼拝を守ることができる事業や職場を選ぶこと、数日しかない休暇ですが、主のために使うことです。奉仕への献身や牧者として献身をすると、お金と時間において負担になりますが、主の御業に献身して選択することが、この世で受ける祝福より天の祝福を選択する人生です。
もう一つは、私たちが他人が持っていない世の中の福、時間、お金、健康、そして私に与えられた影響力を、神と人に仕える道具として使うことです。こうすると損をするように思えますが、そうではありません。 このように使う時、私たちに与えられた祝福がより長く維持されることを経験するでしょう。
言葉には意識を支配する力があります。「天の祝福をたくさん受けてください。」という挨拶を有意義に使用して、世の中の祝福を天の祝福に変える人生を生きる皆さんになることを祝福します。(2024. 10. 27.)
皆さんと一緒に奉仕するキム・ジュヨン牧師
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