博多レター
하카타 레터
博多レター86. 教会が共に祈るべき時
Author
fvc
Date
2026-01-24 14:39
Views
65
博多レター86. 教会が共に祈るべき時
感謝なことに、今年私たち教会の出席信徒数が55名となりました。ここに私たち教会を訪ねて来られる旅行者の方々も加わると、18坪の礼拝スペースが手狭に感じられることが多くあります。もちろん、旅行者の方々に不便があるかもしれないというご案内をすることもできますが、私たち教会を訪問される方々を制限することは難しいです。これが今、私たち教会が直面している現実です。
教会は新しい礼拝堂を探しています。しかし、教会の礼拝堂として借りられるような場所を見つけることは依然として容易ではありません。より広い場所に移るためには、今とは違って多くの財政が必要です。人間の力と知恵だけでは解決することが難しいこの状況の前で、私たち教会が共に祈るべき時であるように思います。
御言葉と祈りは、信仰生活を導く二つの車輪のようなものです。そのうちの一つがなければ、健全な信仰生活は困難です。御言葉のない祈りは神秘主義になる可能性が高く、祈りのない御言葉は理性主義になる可能性が高いのです。祈るべきだという事実を認めない信徒はいないでしょう。しかし、祈ることが容易ではないのも事実です。
祈りは、単に目を閉じて手を合わせ、口を開けばよいように見えますが、実際にやってみた人たちはそうではないことを知っています。その理由は、祈りがきわめて霊的な行為だからです。ある人は「祈る心があってこそ祈りになるのであって、祈る心がないのにどうやって祈るのか」と言います。それでは、私たちに祈る心が生まれる時は果たしてどれほどあるでしょうか。そのように考えると、聖書で語られている「絶えず祈りなさい」「祈りに常に目を覚ましていなさい」という御言葉は、自分とは全く関係のない御言葉になってしまいます。
ですから、祈りもまた意志的な決断でなければなりません。祈りたくない時が最も祈るべき時であるという事実を認めなければなりません。このような意志的決断を容易にできるよう助けてくれるのが、公式的な祈祷会です。焚き火の原理を考えてみましょう。薪が集まっている時は炎が生き、離しておくと炎が弱まります。各自が祈ることも重要ですが、自ら祈りに目を覚ましていることが困難な聖徒たちが共に集まって祈る時、祈りの門ははるかに容易く開かれます。私たちは祈祷会を通して祈る時間を持つようになり、その時間を通して祈りの門を開きます。公的な祈祷会は、祈りの門を容易く開けるよう助けてくれるのです。
私たち教会の公式的な祈祷会は水曜祈祷会があります。水曜祈祷会は、一週間に二時間ほどの祈りの分量を最も効果的に満たすことができる時間です。そして、自分のためだけに祈りやすい利己的な祈りが、他の聖徒、教会、宣教師、国のための祈りへと変わる時間です。聖徒たちが集まれば集まるほど、さらに熱い祈りとなり、集まること自体がまた一つの火種の役割を果たすようになります。一人で祈る時に困難だった祈りの門は、いつの間にか容易く開かれることを経験するようになります。
今、私たち教会には祈るべきことが明確にあります。新しい礼拝堂のために、必要な財政のために、そしてこの全ての過程において神様の導きを求めるために、私たちは共に祈らなければなりません。祈るべきことは多いのに、私たちは依然としてあまりにも祈っていません。
もし水曜祈祷会に共にすることが難しければ、主日の午後の時間を利用した祈祷会も考えてみることができます。重要なことは、共に集まって祈ることです。それほど難しくない易しいことから、新しい挑戦が必要です。
旧約において神様の聖所の火が終日消えないようにしたように、私たち教会の祈りの火種も消えないようにしなければなりません。自分に新しい祈りの動力が必要であれば、私たち教会が共に祈るべき課題があれば、公的な祈祷会をよく活用していただきたいと思います。今は教会が共に祈る時です。(2026.1.25)
皆さんと共に歩む金ジュヨン牧師
感謝なことに、今年私たち教会の出席信徒数が55名となりました。ここに私たち教会を訪ねて来られる旅行者の方々も加わると、18坪の礼拝スペースが手狭に感じられることが多くあります。もちろん、旅行者の方々に不便があるかもしれないというご案内をすることもできますが、私たち教会を訪問される方々を制限することは難しいです。これが今、私たち教会が直面している現実です。
教会は新しい礼拝堂を探しています。しかし、教会の礼拝堂として借りられるような場所を見つけることは依然として容易ではありません。より広い場所に移るためには、今とは違って多くの財政が必要です。人間の力と知恵だけでは解決することが難しいこの状況の前で、私たち教会が共に祈るべき時であるように思います。
御言葉と祈りは、信仰生活を導く二つの車輪のようなものです。そのうちの一つがなければ、健全な信仰生活は困難です。御言葉のない祈りは神秘主義になる可能性が高く、祈りのない御言葉は理性主義になる可能性が高いのです。祈るべきだという事実を認めない信徒はいないでしょう。しかし、祈ることが容易ではないのも事実です。
祈りは、単に目を閉じて手を合わせ、口を開けばよいように見えますが、実際にやってみた人たちはそうではないことを知っています。その理由は、祈りがきわめて霊的な行為だからです。ある人は「祈る心があってこそ祈りになるのであって、祈る心がないのにどうやって祈るのか」と言います。それでは、私たちに祈る心が生まれる時は果たしてどれほどあるでしょうか。そのように考えると、聖書で語られている「絶えず祈りなさい」「祈りに常に目を覚ましていなさい」という御言葉は、自分とは全く関係のない御言葉になってしまいます。
ですから、祈りもまた意志的な決断でなければなりません。祈りたくない時が最も祈るべき時であるという事実を認めなければなりません。このような意志的決断を容易にできるよう助けてくれるのが、公式的な祈祷会です。焚き火の原理を考えてみましょう。薪が集まっている時は炎が生き、離しておくと炎が弱まります。各自が祈ることも重要ですが、自ら祈りに目を覚ましていることが困難な聖徒たちが共に集まって祈る時、祈りの門ははるかに容易く開かれます。私たちは祈祷会を通して祈る時間を持つようになり、その時間を通して祈りの門を開きます。公的な祈祷会は、祈りの門を容易く開けるよう助けてくれるのです。
私たち教会の公式的な祈祷会は水曜祈祷会があります。水曜祈祷会は、一週間に二時間ほどの祈りの分量を最も効果的に満たすことができる時間です。そして、自分のためだけに祈りやすい利己的な祈りが、他の聖徒、教会、宣教師、国のための祈りへと変わる時間です。聖徒たちが集まれば集まるほど、さらに熱い祈りとなり、集まること自体がまた一つの火種の役割を果たすようになります。一人で祈る時に困難だった祈りの門は、いつの間にか容易く開かれることを経験するようになります。
今、私たち教会には祈るべきことが明確にあります。新しい礼拝堂のために、必要な財政のために、そしてこの全ての過程において神様の導きを求めるために、私たちは共に祈らなければなりません。祈るべきことは多いのに、私たちは依然としてあまりにも祈っていません。
もし水曜祈祷会に共にすることが難しければ、主日の午後の時間を利用した祈祷会も考えてみることができます。重要なことは、共に集まって祈ることです。それほど難しくない易しいことから、新しい挑戦が必要です。
旧約において神様の聖所の火が終日消えないようにしたように、私たち教会の祈りの火種も消えないようにしなければなりません。自分に新しい祈りの動力が必要であれば、私たち教会が共に祈るべき課題があれば、公的な祈祷会をよく活用していただきたいと思います。今は教会が共に祈る時です。(2026.1.25)
皆さんと共に歩む金ジュヨン牧師
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